くらすひ

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映画「怒り」感想―信じるということ

映画「怒り」

第41回報知映画賞ノミネートが決まったとのこと。9部門の最多のノミネートとなったのが、映画「怒り」でした。

まだ夏の暑さが残っていた3ヶ月程前、わたしも映画館へ足を運びました。原作は吉田修一。元々小説を先に読んでいました。下巻からの展開は胸がくるしくて、何度も本を閉じながら、読み進めたのを覚えています。

怒り(上) (中公文庫)

怒り(上) (中公文庫)

 

住宅街の写真に怒りの文字が書きなぐられている装丁。映画の最初のシーンも、住宅街の空撮映像からはじまります。

映画を観終わったとき、しばらく胸がじんじんして、動けなくなりそうでした。ずっと映画館の暗闇の中にいたかった。(エンドロールの間も何人かの人が鼻をすする音が聞こえてきて、あ~つられて泣いてしまう~って思いました。)キャストが発表されたとき、その豪華な顔ぶれが各メディアで話題になっていました。わたしも好きな俳優さんばかりで期待していましたが、やっぱり俳優さんの演技力に魅せられた作品だったと思います。あの日映画館の暗闇で感じたことを、ちょっとだけここにかいておきます。

あらすじ 

ある夏の暑い日に起こった夫婦殺人事件の犯人が逃亡してから一年後、千葉と東京と沖縄に、素性の知れない三人の男が現れます。この三箇所を拠点に、彼らと出会った人々それぞれの、三つの物語が同時に進んでいきます。男と少しずつ打ち解け、おだやかな生活が続いていたころ、新たに警察から公開された手配写真。出会った男に、愛した男に、信じた男に、その写真の顔が似ていたのです。愛した人が、殺人犯かもしれない。そこで繰り広げられる人間模様がえがかれています。

それぞれの「怒り」

この作品のタイトル。殺人犯は犯罪の現場に、「怒」の文字をかきつけて姿を消します。犯人は何に怒っていたのか、社会になのか、特定の人になのか、あるいは自分になのか、最後まで、直接犯人の口からこぼれることはありません。事件モノのストーリーは、そういった動機に焦点が当てられることも多いですが、この映画が描きたかったのは、きっとそこではないのですよね。

例えば、誰かにからだとこころを傷つけられたときの「怒り」。

例えば、信じていた人に、裏切られたときの「怒り」。

例えば、大切な人を疑うということの意味と、その相手が無実だったことが明らかになったとき生まれる、自分への「怒り」。

私たちが人と関わるとき多かれ少なかれ生じる「怒り」という感情が、どういうものなのか。時に人を傷つけるかもしれないし、もしかしたら誰かを守るパワーになるかもしれない。暴力的だけど、失うと生気がなくなってしまう。喜びや悲しみには含まれていない、人間の「怒り」という感情のことをあらためてみつめられた気がします。

誰しも信じたいし、正しくありたい

この映画では「ふつう」の人たちがたくさんでてました。みんな、心配事や悩みをかかえて、今よりもうちょっと幸せになりたいなと思っている。そんな生活の中で新たに出会った人のことを、愛したいし、信じたいと思っている。できるだけ、正しくいきていたいと思っている。だからこそ、時々、うまくいかなくなる。でも、なんとかそこにしがみつくしかないんですよね。そういう感情を表現されていた俳優さんと、演出に拍手です。

また、くるしいおもいをしながら、観たい映画です。

 


「怒り」

余談ですが、この予告でも流れている音楽がすごく好きでした。
映画館で大音量で聴いて、涙が出た曲です。