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くらすひ

おにぎりと、本と、映画と、雑記。

しぬことが怖かった小学生

録画したまま見ていなかったNHKのスイッチインタビュー「新海誠×川上未映子」をみました。川上さんが以前からとても好きで、お顔も写真を見て知っていましたが(とてもお綺麗な方です。)、実際にしゃべっているところははじめてみました。「小さい頃からおしゃべりだったんです」と言う川上さんからは、次から次から言葉があふれていました。わたしは、話すのが苦手なので、彼女のことをとても魅力的に思いました。思っていることを瞬時に言語化できるのは、とてもうらやましいです。いいなあ。

でも、川上さんのお話を聞いていて、「これ、わたしも一緒だ」と思ったことがありました。

「小さい頃、常に死に見つめられているような気がしていたんです。」「自分で決めてないのに、なんで自分は生まれてきたのか?」「みんな死ぬということが、ショックだった」「誕生日に、死に向かっているのに、なぜ祝うの?と言葉にしたら、周りからひかれてしまった…」

わたしも全く同じことを考えていたんです。


自分がいま生きているというのが、どういうことなのか分からなかった。死ぬっていうのは、バサッといまこの目の前の何もかもがなくなるということ。死んだらぜんぶおわり。じゃあ、ごはんをたべたり、友だちとしゃべったり、ねむいな~と感じたり、そういうわたしの何もかもは、いったいなんなのだろう?わたしはこの先ずっとずっと、こうやって朝がきたら起きて、夜になったら眠って、それを繰り返し続けるのかな。終わりはいつくるの?70年後?それとも明日?とにかく、時計の針が進んでいくのがこわかった。何をしていたって、ただ終わりにだけ突き進んでいることが、たまらなくこわかったのです。


この感覚は、いつのまにか消えていきました。いつ消えたかも分かりません。これが大人になるってことなのかな。母親にだけ、大人になってから話したことがあります。こういうこと、子どもの時おもってたって。母親は「エー」と目を丸くして、「ヤバいこともだね」と笑ってました。川上さんも同じことを思っていたと知って、もしかしたら子どもって、そういうことを考える生き物なのかなって思いました。大人になって忘れてるだけの人だっているかもしれないし。大人は理屈と常識でものをみるけど、一度は不思議に思うのがふつうなのかもしれないです。生きるとか死ぬとかって、よく考えたらとんでもないことです。


今は時計が進んでいくのも、こわくないです。もうあんな思いはこりごりですが、また年をとったりしたら、思うのかもしれません。毎日おいしいものをたべて、なるべく笑って過ごさないと。